劇団創立   

 1981年1月17日

劇団名の由来


芝居と言えば、「静かで暗く堅苦しい」イメージのものばかりだった1981年当時、今までにない新しい芝居をやろう、お客さんが観て楽しい芝居をやろうと、当時流行してた「New Wave」を漢字にして、劇団新波と命名。

いきさつ




下関市立大学と梅光女学院短期大学(当時)の演劇部OBが中心となり結成。当時のメンバーは、老衰からか、劇団新波のハードな稽古についていけなくなり、加藤以外退団。
加藤は曲がる腰を若い団員の献身的なリハビリで何とか持ちこたえている様子。1990年以降オリジナル作品を上演。今では、当時、客席で劇団新波の芝居を観ていた若い人たちが入団、劇団新波の主力となっている。
 

活動    


下関に拠点をおいて活動している。が、19回公演から各地の演劇祭に参加して、東京・北九州・山口市と活動の場を広げている。機会があれば、いろんな所で上演していきたい。

芝居のカラー 











 若いお客さんが観て、ワクワク、ドキドキする、そんな瞬間をナマの舞台で感じてもらえるような芝居。まるでコンサートのようなどハデな照明と、音響、衣装で観客を魅了する。
 スピーディでパワフルで派手な舞台。笑いあり、時には涙あり、ラストは怒濤のクライマックス(むりやりでも?)で締めくくるというもの。
 特に、笑いにはこだわり、役者がうけること・めだつことばかり狙っているというフシもあながち隠せない。稽古場でみんなで意見を出し合っていくが、特にうけるとなると力が入る。うけるとなると一歩前へでる。そんな役者ばかりだ。
 衣装・小道具・音響・照明・・・すべて、劇団員のアイデアと苦心のたまもので支える舞台。毎回いろいろな挑戦を試みて常に新しいものに取り組んでいる。
 演劇と言えば「暗い、堅い」というイメージを払拭すべく、「明るく、楽しく、元気の出る」芝居を創り続けている。
 照明と音響(ガンガン入れる)、役者のパワーと観客のノリがあいまって生まれる劇的な瞬間を求めて、打ち上げでおいしいお酒を飲むために連日稽古を積み重ねる。
 芝居もライブだから、映画やテレビでは味わえないナマの舞台の臨場感を感じてほしい

劇団PR





 1990年以降、完全オリジナル作品を上演しつづけている。劇団新波には男・女それぞれひとりづつ座付作家・演出がいて、毎年新作を書き下ろして上演。加藤・赤松の二人の作品−−新波でありながら、2種類の芝居が観れることも魅力のひとつ。
 照明(プランニング、デザイン、オペレーション)、音響、衣装(デザイン、作成)など、すべて自分たちで行っているので、その公演に合ったものを追求して、見せる(魅せる)芝居を意識して派手に創る。コンサートに近い感覚の舞台に、テーマ性のある物語をのせている。
 劇団新波の芝居を観た若いお客さんが、劇団新波に入団、新人キャスト、新人スタッフとして参加、若い力が今の劇団新波を支えている。